いつも大変お世話になっております。
ほちょです。

今回は、先日投稿させていただいた記事に引き続き、20代を迎えた私の沿革と、20代だからこそ感じた人間関係や自分自身への悩みを綴っていきたいと思います。
前回の記事をご覧になりたい方は、ぜひこちらからご覧いただければと思います。


それでは、私の20代(2010年~2020年頃)での悩みを見ていきます。
- 社会人2年目で精神を病む。他人が信用できない。他者依存からの脱却
- 結婚、出産を経て家庭を持つ。家族を守るために自分ができることは何か。
この記事では前回と同様に、「過去の自分を振り返る」₌「人生のヒント」をつかむためのきっかけとして、ぜひご自身の過去を思い返しながら読んでいただければと思います。
20代の頃の私
- アルバイトを3つ掛け持ちし、120万の貯金に成功
- そして21歳、ワーキングホリデービザで出発
- シドニーのホストファミリーとの出会い、1ヶ月間のホームステイ
- 3ヶ月間、語学学校に通う。多国籍の人々との出会い。国ごとのイントネーションの違いや、価値観の違いを知る
- 語学学校を卒業、現地の仕事を探し始める
- 履歴書を作成、100部印刷し、「仕事をください」とローカルのお店を片っ端から周る。「自分自身の売り込み」を行い、100部配り終える
- なんとか高級オージーレストランの皿洗い(見習い)として採用される。が、あまりの激務に2日でクビに。なけなしの日銭を得ると同時に「稼ぐことの大変さ」を知る
- その後も仕事探し、日本食スーパーに採用が決まる
- 数か月働き資金を貯めたのち、ファームの仕事をするために「パース」へ移動
- パースで移動手段を確保するため、個人売買で20万㎞走行済みの車を購入(人生初のマイカー)
- 値段は900ドル(当時の日本円で約90,000円)。なんとバックができないポンコツ車であることが判明(思い返せば前のオーナーは坂道に止めて「バックもできるから大丈夫だよ」と実演していた。そりゃ、坂道であれば下る。)
- しかしながらお金がないため、買い替えることもできずそのまま使用。行き止まりに入った際は、近所の方に声をかけ押し戻してもらった。(人は一人では生きていないものだと痛感)
- ファームで6か月ほど過ごす。カンガルーを横目に壮大な景色の中仕事をする(最高に充実していた)
- 気づけば年末が近づき、就活のカウントダウンが聞こえ始める、帰国を決意
- TOEICリベンジ受験。390→740にランクアップ!
- 小売り、不動産、銀行、商社、旅行代理店などなど10社ほど受ける
- セキス〇ハイム、ド〇ールコーヒー、J〇B、ナフ〇、商社など6社ほど内定ゲット
- J〇Bか商社の2択で悩み、あみだくじで決める。結果は商社へ(コロナの影響を考えると、本当に良い選択ができた)
- 1年目、慣れない社会人生活、( ゚д゚)東京人多すぎて草
- 2年目、親友Yが留年を終え、上京してくる。ひと月の残業が140hを超え、精神を病み、人を信用できなくなる(´;ω;`)
- 3年目、復帰。仕事への姿勢が変わり、「自分を信じて、自分の力で」業務をこなすことに専念。営業成績UP。自分が如何に他者依存していたかを痛感。親友Yも同じく精神を病みかけたのか、通勤時の冷や汗が止まらない体質に。そっとハンカチを手渡す日々
- 4年目~8年目、業務は順調。結婚・出産・マイホーム購入。TOEIC再勉強、スコアは740→890にランクアップ!貿易実務検定も合格
いかがでしょうか。20代の私の沿革をまとめてみました。
いくつになっても社会や自分への変化は止まらないもので、そのたびに悩むことも多くなりました。
社会人2年目で精神を病む。他人が信用できない。他者依存からの脱却


社会人2年目になり業務にも慣れてきたころ、ある大きなプロジェクトに巻き込まれ、トラブルの連続。月の残業は140hを超えることもあり数ヶ月間のビジネスホテル軟禁生活。
無事にプロジェクトも終了し、通常業務に戻りましたが、どこか様子がおかしい。
毎晩涙があふれて止まらない。平日も土日も何もやる気が起きない。ぼーっと気づけば数時間が経っている。。。などの状態になり、地元の友人に相談。心療内科の受診を進められ、診察の結果は「うつ」。
参りました。自分の未来に一切の光がないように感じました。
今までなんとか上手いことやってきたつもりではありましたが、こればかりはどうしようもできず、仕事は休養。帰郷し家族、友人と話す日々。
それでもなんとか職場に復帰しましたが、大きな変化がありました。
それは、「他人を過度に信用せず、自分の力でどうにかする」です。
今回の経験でひとつ学んだことがありました。それは、「他者依存」です。
先のことはわかりません。そのため、自分がいついかなる環境に身を置くか、予想しづらいものです。
私は生まれてこの方、自分自身苦労と感じるようなことはなく、物事を上手くこなしてきたほうだと思っていますが、それは他者の支えあってのものでした。
そのためいつしか、他者に依存(甘える)する性質になっていました。
他者依存は楽です。何事も他者のせいにできるし、判断を委ねることができる。
自分自身は、その人を信用して進む故、ある種の空虚な自信をもっているため、質が悪い。
会社は組織、組織は助け合うもの。しかしながら、私の参加したプロジェクトにおいて、組織とは名ばかりのものであり、所詮周りは自身の生活、業務が優先。
2年目の新米サラリーマンを救うなどということもなく。自身の周りに対する「甘え」が招いた結果を強く認識しました。
(実際には、プロジェクトのトラブル原因自体は私の関与するところではありませんでしたし、それ自体が私の精神を病む直接の原因ではありませんでした)
過度な「他者依存」をするのはリスクである。自分の人生は自分にしか全うできないものであり、責任を取るのも自分自身。
「自立」する必要があると感じました。
3年目からは組織でのコミュニケーションは最低限、業務上必要な報告やノルマはしっかりこなし、文句を言われないようにするどころか、部署の課題や効率の悪いシステムを変えていきました。
「自立」というモチベーションが、自身のおかれた環境を変える原動力になりました。
気づけば、抗うつ剤の投与も無くなり、自信をもって生きられるようになりました。
何を「原動力」とし、「行動」するか。
人生のヒントを得たように思います。
結婚、出産を経て家庭を持つ。家族を守るために自分ができることは何か。


4年目以降の社会人生活は、順調でした。
他者に依存することなく、自分の考えをもって行動する。
自分が責任を負う前提で物事を考えれば何事にも真剣になれます。
そんな私にも転機が。奥様との出会い・結婚・息子の誕生です。
これまでは「自立」を目的として、自分自身のために働いてきましたが、とうとう守るべきものができました。
「家族のためにできること」を考えるようになります。
結論は変わらず、「自立」という土台の上に、「家庭の幸せ」は築かれるものだと思います。
夫婦、子供といえど、一個人。
それぞれの自立が重要です。
そうでないと、家庭内での過度な依存関係は家庭を壊すものと考えています。
自分自身がふらふらとしていては、家庭に対しても真剣に取り組むことはできません。
具体的には、責任をもって家庭を守ることが使命と思い、自分自身の教養やマネーリテラシーを高めることに取り組みました。
それは現在進行形であり、「家計(固定費・変動費)の見直し、キャリアアップするために必要な勉強、副業、資産運用(つみたてNISA、iDeCo)」など幅広く行動するようになりました。
まとめ
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
最後に本日の内容のまとめをしておきます。
最後になりますが、私が20代で勉強してきた中で、「自立」の助けになった本をご紹介させてください。


フランクリン・コヴィー氏の「七つの習慣」です。全世界4,000万部のビジネス書No.1のベストセラーです。長い人生、この1冊さえあれば十分な「行動指針」になります。私のバイブルです。
書かれている成功への法則(習慣)を実行するのは、相当な「自制心」が必要です。
ですが、その先の自分を想像するだけで、わくわくします。
多くのサラリーマン向けにも本書のセミナーがあるぐらいに、非常に有益な本だと思います。
ちなみに、さらにわかりやすくなった漫画版もあります。


それでは。